yuriのblog

日々のあれこれや、小説・海外ドラマ・ゲームなど、好きなことについてたくさん書いていきます。

キャスリン・ハリソン「キス」

 

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章を転載していきます。

 

 

「この世は理屈で説明できないことの塊だ」

2017.03.04

 

 


表紙に写る儚げな女性に惹かれて本書を手に取ったけれど、ページをめくった先に待っていたのは、あまりにも狂おしい家族の記録だった。

 

 

本書「キス」は、作家キャスリン・ハリソンが97年に発表したノンフィクションである。生後まもなく両親が離婚し、十分に愛情をくれない母親のもとで育った彼女は、見えない何かをいつも追いかけていた。必死に手をのばしてもどうしようもない、そう悟ってからもずっと。

 

 

どうにか母親の気を引きたい。わたしはここにいると気付いてほしい。そんな切実な思いは、彼女を拒食症へと導いてしまう。それだけではなく、彼女の進む道を決定的に暗いものにしてしまうのは、ほとんど記憶のない父親との再会だった。

 

 

 

時を経て顔を合わせたふたりは、血のつながった親子を超えて、後戻りできない沼地へ足を踏み入れてしまう。お互いに涙を流しながら体を重ね合わせるふたりは、いったい何に抗っていたのだろう。いや、決して抗うだけではない、たとえようのない何かが、引き離すことを許さなかったのかもしれない。

 

 

 

振り向いてくれなかった母親。自分を裏切った妻。共通の憎しみを抱えたふたりは、恐れを抱きながらも離れられない。それは、その共通の憎しみさえ飲み込んでしまうほどの愛情が潜んでいたからではないか。

 

 

 

いったん本を開けば、ふたりがたどった道が、「近親相姦」という言葉では表しきれないことが、嫌というほど分かる。それぞれの思いは、決して理屈では言い表せないほど、数えきれない過去の呪縛に捉えられている。それはきっと、どんな人の心にも潜んでいるものだ。

 

 

 

母親とはなんなのだろう。腹の中でからだを作られ、産道を通り、共通の血をもつというたったそれだけのことが、恐ろしいほど一生を支配する。それは疑問を持たなければただの幸せでしかないが、逃れたいと苦しんでいる人からすれば、簡単に恐怖へと変わる。彼女の綴る、目を背けたくなるような父親との出来事も、始まりはそこにあるような気がしてならない。世界中で誰よりも憎んでいるということは、同じように、誰よりも愛している……ということも、中にはあるのではないか。それが血のつながった家族であれば、たとえどんなに裏切られようとも、問題はどんどん複雑になってしまう。

繰り返しになるけれど、この世は理屈で説明できないことばかりだ。

 

 

終始緊張感のある記録は、一方で限りなく優しさを感じる。遠い地の過去の出来事を読みながら、これまでの自分の過去が、走馬灯のように頭の中を駆け巡り続けていた。