*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章を転載していきます。
「過ぎ行く時間」
2018.11.09
「充たされざる者」が凄く好きで、印象に残っているのだが、「日の名残り」は読んだことが無かった。
物語の語り手はスティーブンスという執事。
長年ダーリントン郷の元で仕えてきたスティーブンスは、現在の雇主であるアメリカ人の “ファラディ様” に提案されて、旅に出ることになる。
執事としての仕事を追求してきたスティーブンス。旅などこれまでに無いことだったから、ちょうど良い休日用の服装も持っておらず、道中例え誰かに遭遇したとしても雇主の評判を落とすことのないよう適度にふさわしい格好をしなければ、と決意するシーンは執事として過ごしてきた時間が伺い知れるようだった。
ファラディ様のフォードで進んで行く旅路。文字を追っているだけなのに読んでいると広大な田園風景が浮かんでくるようで。
雇主であるファラディ様のジョークに慣れず、なんとか気分良く過ごしてもらいたいと練習をしていたり、ですます調で語られる思いの切実さがしみじみ可笑しい。と同時にやっぱり、スティーブンスのこれまでの時間が垣間見えるようでもどかしくもなった。
同じく執事であり、憧れでもあった父親や、長らく一緒に働いていたミス・ケントンとの思い出。取り仕切った様々な会合のこと。ダーリントン郷に対する思い。
道中の景色も挟まれながら回想される記憶の数々。
美しい小説だなあとずっと思っていた。改めて人生を振り返る終盤のスティーブンスは特に切なかったけれど、でもやっぱり、語られてきた記憶の数々が情景と絡まり合って美しかった。過ぎて行った以上二度と戻らない時間のことを思った。