yuriのblog

日々のあれこれや、小説・海外ドラマ・ゲームなど、好きなことについてたくさん書いていきます。

「けがれなき酒のへど 西村賢太自選短編集」

 

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章をうつしていきます。

 

 

2018.04.12

 

今回手に取ったのは「けがれなき酒のへど 西村賢太自選短編集」で「焼却炉行き赤ん坊」と「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」は読んだことがあったけれど、そんなことはおかまいなしに、二度目を読んでも、いや「焼却炉行き赤ん坊」に至っては題を読むだけで笑いがこみあげてきてしまうのだった。


表題にもなっている「けがれなき酒のへど」は、帰る場所も頼る者もいない貫多が人恋しさに、それから消えることのない欲を満たすためいつも通り風俗店へと足を運ぶのだけれど、そこで好みの女の子に出会った貫多は、なんとか世間一般のふつうの恋人同士になりたいと、打ち明けられた借金の話も関係を近づけていく為なら、と大切に貯めておいた金に手をつけてしまうのだった。

今回も、どの短編を読んでもおもしろく、また読み終えるのが寂しかった。普段長編が好きだと言っているわたしは、これまで短いものを物足りなく感じていたこともあったから、西村賢太さんの小説に出合ったことで短くともおもしろいものはおもしろいのだということを頭ではなく身をもって実感することができ、また、いくらスケールが大きくなくとも双眼鏡で一点だけを見つめるようにして書かれた日常はこんなにも面白いものなのだなあということを、もちろんそういったことを読んだり聞いたりしたことはあったけれど、知識としてではなく読みながらつくづく感じられて、うまくは言えないけれども自分にとって何か大きな意味をもつ読書体験だったなあと思う。

と、いちいち大げさに言ってしまいがちな自分なのだけれど、小説の中で貫多がとある作家に強い思いを抱くのと同じように、わたしはこの、なんとも滑稽で行き場のない貫多の人生から出られなくなってしまって、まったく光が見えないトーンにも関わらず一度ツボに入ったらその後いつまでも笑えて仕方のないこの小説が、一言で言うと大好きになってしまった。
そして、勝手に難しいのではないかなあと遠ざけていたいろいろな小説を、楽しんで読めるようになりたいと思った。なんていうか、自分から進んで歩み寄っていくことで、本とは何回だって新しく出合えるのだというのを思って嬉しかった。まだ未読の作品もちびちびと、味わって読んでいきたいと思う。