yuriのblog

日々のあれこれや、小説・海外ドラマ・ゲームなど、好きなことについてたくさん書いていきます。

読書にまつわるコラム 引用作品 「サラバ」西加奈子 「社会人大学人見知り学部卒業見込」若林正恭 「あなたを選んでくれるもの」ミランダ・ジュライ

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章をうつしていきます。

 

「大切な本たち」

2017.09.27


輪廻転生のことはわからないけれど、いつか死ぬ、そのことだけはわかっていて、自分はなにものでもないという諦念のなかに、ほんのすこし、もがきたい思いがある。

個性はそのひとそのもので個性だから、こう見られたいという狡さが混じった時点で個性をつくりたいひとになってしまって、そんなことなど気にもせず、存在そのもので魅力を体現しているひとがまぶしい。


のだけれど、特別なものなどなくとも、自意識が過剰すぎてよくわからないことになっていても、もう、それでいいから、というかそれだけでいいから、もう少し生きようと思える本がある。

 

①「サラバ」西加奈子

 

「サラバ」はわたしにとって特別な物語だ。

 

「サラバ」より引用--

僕はこの世界に、左足から登場した。


という一文から始まる物語では、ひとりの男の人生が上下巻にわたって描かれる。歩は父親の赴任先イランで産まれ、その特殊な出自もあって様々な出会いを経験する。特殊というと家族も一風変わっていて、そのなかでも姉は様々な新興宗教に入信し、人を慮ることからはとおく、歩をいつだって脅かすのだった。


異国での暮らし、家族の崩壊、そして帰国後の生活。決して短くはない物語の中で、歩はつぎつぎと嵐のなかに巻きこまれていく。自分を常に俯瞰し、できるだけ傷つかないよう生きてきた歩だったが――。


ひとりの男の人生をとおし、歩におこるすべての出来事がつきささり、後半、少しづつ、けれど確かに崩壊していく心が苦しかった。
そして、もう立ち上がれないほど打ちのめされた歩が、格好悪くてもいい、あほでもいいからと、全力で起き上がる姿に震えた。

 

読了後、いつまでも胸にのこった言葉が、姉によるものだったことも感慨深かった。

 

 

②「社会人大学人見知り学部卒業見込」若林正恭

 

同じころ、オードリー若林正恭さんのエッセイ、「社会人大学人見知り学部卒業見込」を読んだ。それまでエッセイは自分にとって、小説の間に挟む、いわば気分転換のようなものだったのだが、読み終わったら最後、考えは簡単に覆された。


本書には、筆者の内面が余すことなく書かれている。売れない時代、過剰な自意識、仕事が増えてからの心境の変化。前半で書かれているブログが中二病だと言われたことや、自意識が高じてスタバでグランデと注文できないことなど思い当たるふしが多すぎて、読んでいた喫茶店で転げまわりたくなった。もちろん、共感だけが本の良さではないとわかっている。けれど、自分だけではない、格好わるくとももがいている人間はたくさんいるのだという当たり前のことを、改めて抱きしめられたような気がしてうれしかった。


また、月日をとおし新たな出会いを経験するなかで、目に見えて変わっていく筆者の様子が勇ましかった。ひとは変わるのだ。だからこそいまを全力で生きるしかない。不器用であることは、まだ完成されていないことなのだから。

 

 

③「あなたを選んでくれるもの」ミランダ・ジュライ

 

そして、これら素晴らしい本との出合いがいつだってわたしわたしだった心にゆとりのようなものを生み、そののち読んだ「あなたを選んでくれるもの」というドキュメンタリーに見ていた世界の小ささを突きつけられた。
作者であるミランダ・ジュライは脚本に行きづまっていて、ある日、ペニーセイバーという広告でものを売っている人々へのインタビューを思いつく。ライダースジャケット、カラーペンセットなど売られているものは様々で、たいていのひとは取材を断ったけれど、快諾してくれたときには、そこがどんなに離れていようとも車を走らせた。


性転換途中のひと、犯罪歴をもつひと、動物に囲まれて暮らすひと。写真付きで伝えられるひとびとに共通するのは圧倒的な生々しさで、そのなかのひとりとてパソコンを持っていない。ボタンひとつで会話できるいま、会いたいという意思をもたなければ会えないひともまた、少なくないのだった。
他者の世界に足を踏み入れるということは、時に残酷で息苦しい。けれど、見たいものだけが世界なのではなく、誰かの尊い一日は無限にひろがっている。


これらふくめ多くの本がわたしを救ってくれ、ほんの少し自分を愛せるようになったことを、強制ではなくそっと記したいのだった。