yuriのblog

日々のあれこれや、小説・海外ドラマ・ゲームなど、好きなことについてたくさん書いていきます。

夕闇の川のざくろ 著者: 江國 香織

 

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章をうつしていきます。

 

「たくさんのうそは自由に飛びまわって」

2017.10.08

 

 

しおん。という名のうつくしい女性は、いつも嘘をつく。
彼女はいう。

人なんてもともとほんとじゃないのよ。
と。

しおんの生い立ちはころころと変わり、あるときはお地蔵様の足元にすてられていたといい、またあるときは南の島の小さな病院でうまれたことになっている。そんなしおんと長年友人である「わたし」は、しおんが話すうそを、そう、とやさしく受けながしながら、とても愛おしくおもっている。

合間にはさまれる挿絵がとてもすてきで、ページをめくるごとにうっとりさせられる。しおんが話すうその物語は、ほんとうではないにせよ、きっとどこかに存在しているのだと信じてみたくなる。

物語の中にしか真実は存在しないのよ。
そういったしおん。彼女にいったいなにがあったのか、それはわからないけれど、そのふわふわとした、いつなんどきも固まらないすがたが、とても不確かで、つかまえられなくて、やっぱり、信じてみたくなる。

この本をひらくと、わたしはいつもある女の子を思いだす。女の子はわたしに、いつも、どんなときも「なんで」と問いかけてきて、わたしは当時、その「なんで」をないがしろにしてしまっていたような気がする。
もしかすると、かんぺきなこたえなんて求めていなかったのかな。なんで背はのびるん、とか、なんでごはんを食べなあかんの、とか、とにかくはてしなくつづく問いに、わたしはなんと答えていただろう。

しおんの物語——うそを物語と表現されているところが抱きしめたくなる——には、ピエールという男性がたびたび出てくる。ピエールはその時々によって立場がかわり、わたしはその、どんなものにもなるピエールを思いうかべるのがすきだ。しおんの思いうかべるピエールはどんなすがたをしているのだろう? 背はたかいだろうか? なぜご飯を食べなければいけないか、知っているだろうか?

みんなに嘘つきとよばれていたしおん。にもかかわらずずっとそばにいるわたし。わたしは「わたし」のきもちがとてもよくわかるような気がするし、そんな「わたし」だから、しおんも安心しているのだろう。ならんで料理をするふたりは、キッチンにいながらとおい場所のとおい出来事を想像し、「ほんとう」は、キッチンになどいないのかもしれないな。

ぜんぶぜんぶ帳消しにして、さあいちからはじめましょう! なんてことになったら、しおんのつむぐ物語は「ほんとう」になったかもしれない。たしかなものなどなくなってしまったら、きっとしおんは、わたしが一緒になって「なんで」をおいかけられなかった女の子と、あたらしい物語をたくさんつくりだすのかもしれない。

たくさんのうそと、物語と、しおんと、まっしろな世界。孤独でうつくしいしおんと「わたし」。ふたりはたしかに、うその、けれど確かなものを、ほんとうにみているのだろう。