yuriのblog

日々のあれこれや、小説・海外ドラマ・ゲームなど、好きなことについてたくさん書いていきます。

「すべて真夜中の恋人たち」川上未映子

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章をうつしていきます。

 

 

「こぼれていくものたち」

2019.04.19

 


文字にしてみれば当然のことではあるのだけれど、私は私の中だけでしか思ったり考えたりすることができないので、誰かの言葉にされなかった感情は覗くことができない。
同じように、私が思ったり考えたりすることというのも言葉にしなければ表には出ないし、また言葉以外であっても言葉になるまえの名前もつかない塊のようなものとか、匂いとか景色も知られることはない。それらはたちまち消えてしまう運命にある。記憶に残るものもあるかもしれないけれどあたらしい別の何かに覆われいく。

はじめて読んだときにすごく、すごく素敵だなと思ったのに「すべて真夜中の恋人たち」についても大まかなあらすじしか覚えていなかった。だからもう一度まっさらな気持ちで本のなかの世界と向き合うことができた。

小説のなかの「わたし」はとても静かな世界に住んでいる。
務めていた会社を辞め、フリーで校正の仕事をするようになり、たまに仕事仲間から電話がかかってくるだけの生活。

そんな「わたし」の存在をけれど私は文字を追うことで知ることができる。たとえ現実世界で関わりがあっても知り得ないものすごく閉じられた箱のなかを特別にみせてもらったような。言葉であらわしているのに言葉にならないものまで味わっているような感覚になった。

「わたし」こと冬子は三束さんというひとりの男性に出会う。出会って、分かりやすく形になる関係ができていくわけではなく、ふたりは会って、ただ話をし、その一瞬いっしゅんを共有するのだった。

読みながらただただ小説というのはいいなあと、こんなふうにほんとうならこぼれていくものたちが立ち現れて、しかも消えそうに存在しているのはなんてうつくしいのだろうと思っていた。本を開かなければどこにもなかったものの集まりを追いかけながら、自分だけで完結している世界というのは時々ほんとうに存在しているのか心許ない気持ちになることがあるけれども、でも確かに、目立たなくとも今にも消え入りそうでも、あるのだと思って足もとからじんわり満たされた気持ちだった。

きれいに、はっきり、確認できるものだけでこの世界はできていない。
むしろそれ以外のどんどん失われてゆくものたちで昨日とか今日とかが浮かんでいるのだと思えてほんとうにすてきな物語丸ごと抱きしめたくなるような一冊だった。