yuriのblog

日々のあれこれや、小説・海外ドラマ・ゲームなど、好きなことについてたくさん書いていきます。

スティーヴ・トルツ「ぼくを創るすべての要素のほんの一部」

 

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章を転載していきます。

 

 

「どうしよう。めちゃくちゃ面白かった」

2018.03.15

 


いまの気もちをシンプルに表すと寂しい。なんてったってついに読み終えてしまって、ここ何日かの目まぐるしい旅が終わってしまったことを受け入れたくないから。思い入れが強ければ強いほど、小難しい表現を使いすぎるあまりにかえってよくわからないことになりがちだけれども、この作品においては、決してそうなってはいけないのだと強く強くおもった(もちろんいつだってそうはなりたくないのだけれど)。要はめちゃくちゃおもしろかったのだ。


あとがきにも書かれているとおり、わたしはこの、読んでいるあいだ中両腕が痙攣しそうになるほどの長編小説について、どのように書けばいいのかわからないでいる。それは単に長さだけのせいではない。決まり事もお涙頂戴もない全身を絶えず揺さぶり続けられているような感覚にわたしはただただしがみついていくことしかできなくて、行き先不明の、乱暴で滑稽で愛すべきクズたちとともに過ごした航海はけれど最高に楽しかった。

 


というわけで、この物語について書くことは容易ではないけれど、できるだけ感じたことを書いてみようとおもう。


舞台はオーストラリア。この物語の語り手であるジャスパー・ディーンは、悲しくもオーストラリア一嫌われ者であるマーティン・ディーンを父親にもっている。物語冒頭、ジャスパー・ディーンは監獄の中におり、書いているのは自伝。この自伝の大半を占めるのが、ジャスパーの人生において切っても切り離せない存在であるマーティン・ディーンだ。さてこのマーティン・ディーン、どうしてそれほどに人々から嫌悪されているのか。その理由を探るには、彼の弟であるテリー・ディーンの存在が欠かせない。なんたってテリー・ディーンは、兄とは打って変わってオーストラリア一の英雄なのだから。

 


語り手は息子であるジャスパー、という形をとりながら、父親が書いた手記もたびたび登場するので、いわばこの物語は父と息子の人生の壮大な記録になっている。だから、まだジャスパーが粒にもなっていないころの、マーティンの両親がいかにして人生を共にすることになったか、というところから、兄弟でありながらオーストラリア一の英雄と嫌われ者になったふたりはどのような幼少期をおくったのかということまでもが、細かに、そして時にはユーモラスに書かれている。

 


どんなことをしても(たとえ人を危険な目に合わせることになろうとも)、絶対に人々の視線を集めてしまうテリー。そんな国民のヒーローを弟にもつ兄は、神も宗教も一番近くにいる人間でさえも信じておらず、悲しいほど俯瞰的に物事を見続けているのだけれど、その心中はとても寂しそうに見える。

 


ほんとうは、自分だって注目されるに値するはずだ。そんなふうに、マーティンは自分の人生について様々なプロジェクトを企てるのだけれど、皮肉なことに、いつだってすべては悪い方向へと向かってしまう。

 


そして、そんな父親のもとで育つこととなるジャスパー。父親の、いつだって人生に意味を見いだそうとする生き方にさんざん振り回されて、そんな日常に反吐が出るほど辟易していたのだけれど、ふと気づいてみれば自分自身の中にも父親にそっくりな面が多く見受けられるのだった。

 


大げさではなくわたしは、この物語を読んでいる間中ずっと元気をもらっていたパワーをもらっていた。別に、この物語に大きなメッセージ性を感じた、というわけではないのだけれど、物語のおもしろさそのものにすっかり魅せられてしまったのだとおもう(ページをめくってもめくっても興奮が続くもんやから、いやいやいつまでおもろいねん! と突っ込みたくなったほど)。

 


そして、これまでの読書人生で読了後何度思ったのか数えきれないのだけれど、もう少し生きてみるのも悪くないなあ、と誇張ではなくほんとうに思えてくる。火が付いたら止まらないテリーもいつだって思考に支配されているマーティンもわたしの中にいるし、それはなんとか自分らしさを探すジャスパーやヨガ呼吸瞑想で何者かと交信するアヌークとて同じことだ。そしてタイトルにもあるとおり、この壮大な物語でさえも「すべての要素のほんの一部」ということが心強かった。

 


わたしはもともと読むスピードがあまり早いほうではなく、この長編を読むのになかなかの日数がかかった。しかしそれは、そのなかなかの日数の間中ずっとこの物語がそばにいてくれたということでもあり、わたしは愛すべきクズたちに囲まれて、どこか解放されたような気もちでいっぱいだった。

 


ほんとうに大切な一冊になりました、ありがとうありがとう。