yuriのblog

日々のあれこれや、小説・海外ドラマ・ゲームなど、好きなことについてたくさん書いていきます。

「読みたい気持ち」--ミヒャエル・エンデ「モモ」他

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章をうつしていきます。

 

「読みたい気持ち」

2018.11.15

 


住んでいた園にはたくさんの本があった。中でも多かったのは伝記。偉い人の生涯の記録。

というわけで一時期伝記ばかり読んでいた私は、影響されすぎて口を開けば二言目には北里柴三郎キュリー夫人ヘレン・ケラーなどと言っていた。学校の帰り道には金治郎の背負っていた重さを想像した。ヘレン・ケラーになりきってガードレールを伝いながら帰った。誰も気付かなかった。

夕食の際いつかノーベル賞を取るのだと言うと、つい最近までジルーシャ・アボットになりきっていたことを指摘された。そういえばそうだったと思い、ジュディの手紙を真似た日記まで存在することは明かさないでおいた。

他にも小説は置いてあったけれど、小学生の頃はほとんど理解できず、ある時、“分厚いから面白そう” というだけの理由で手に取ったのが桐野夏生さんの「魂萌え!」で、誰かが寄付してくれたのだと思うのだが、後に大好きになるこの小説は当時の私には早過ぎたようだった。

主人公は関口敏子59歳。夫に突然先立たれるのだ。
どういうことだろうと思った。また北里柴三郎に戻った。今記憶に残っているのは北里柴三郎という名前だけである。

強く記憶に残っている本は人から借りたものが多い。中でも、忘れられない本が何冊かある。

「モモ」と「果てしない物語」をある日突然渡してくれたのは私の担当ではない先生だった。

 

有名な作品だと知ったのは大人になってからのことで、装丁にわくわくし、分厚さにわくわくし、そっと開いた。綺麗な本だった。絶対に汚してはいけないと思いけれど夢中でページをめくった。こんなにも面白い世界があるのかと思った。ここではない別の世界。というのを強烈に感じ、逐一、どこまで読めたかを報告しに行った。

読み終えた時の保母室までの景色を覚えている。冷たい廊下はスリッパの音がよく響くから、摩るように進んで、少しだけ開いていたドアを覗いた。

私に本を渡してくれた先生と、もうひとりの先生が勤務内容について話し合っていた。こういうときは声をかけづらかった。仕事を意識する瞬間だったから。

「読み終わった」

隙間から言うと声に気付いた先生は

「そうかー読み終わったんかー」と言った。

私よりも喜んでいるように見えた。先生の机のうえに二冊を置いた。読み終わったから机の上にあるのだと思った。先生の家に二冊が戻る所を想像した。

モモが過ごした時間。モモが取り戻しに行った時間明日も学校へ行く自分の時間たくさんの時間がある。というようなことを思った。

同じく大好きだった「ハリー・ポッター」と「ダレン・シャン」。

 

持っていたのは同じ部屋のひとつうえの子。
その子の私物だったので読ませてもらえたときにはがむしゃらに読んだ。続きが気になりすぎて媚を売るようになったが、ついに我慢できなくなりクローゼットを開けるようになった。いつかはばれるだろうと思っていたけれど、そして事実そうなったのだけどその瞬間はどうしてもやめられなかった。自分が嫌になった。

今でも大好きなふたつの作品。でもいつも泥棒の時間が一緒になってついてくる。ばれないように把握した足音の特徴。もしもの際効率よく出てくるための道順。性を知ったのも別の子のクローゼットの下の段に入っていた漫画だった。今も把手のついた木のクローゼットが忘れられない。魔法学校とサーカスと手にかいた汗とがいつも単体ではなくセットだ。

 

それから「少年H」を勧めてくれたひと。
もう何年も前のことで、ボランティアで勉強を教えに来てくれていた。

週ごとに来る教育実習生が嫌いだった。家へ帰ると見知らぬ誰かが自分のパンツをたたんでいて名前すら覚えられないうちにまた別のひと。うんざりしていた。
だから最初はその先生のことも同様に思っており、不貞腐れたりしていたのだけど、数か月が経ってもまだ先生が居るのでよく分からない気持ちになっていた。

借りた「少年H」もまた初めて知るようなことばかりだった。全部が嫌になっているときで、公立の高校には受かりそうにないことをお互いが悟っていたのだけど、相手が悟っていることも悟っていたのだけど口には出さなかった。

「少年H、ここまで読んだで」

とか

「下巻突入やな」

とかそんなような話をしていた。やっぱり公立には受からなかった。

結婚式に呼ばれたのは先生が去った後。制服を着て、途中から行くとちょうど投げられた花びらの間を先生が歩いてくるところだった。いつもTシャツにジーパンだった先生。八つ当たりばかりしてしまった先生が生まれて初めて見るウエディングドレスを着て歩いてくるのを見て私は参列者にも引率の先生にもどん引きされるほど泣いた。先生綺麗やなあ先生、綺麗やなあ先生綺麗やなあなどとよく分からないことを何度も言った。頭を撫でられた。どうしたんやなーと言われたけれどどうしたのか自分でも分からなかった。最後まで目を合わせられなかった。

先生元気にしていますか。最近「少年H」をあたらしく買ったよ。でもなかなか読めないでいます。先生はあれから読み返しましたか。今はどんな本が好きですか。

本と一緒になってついてくる記憶の塊、本棚を整理しながら。