夜に掃除をしました。
昔は片付けられないタイプでしたが(やり方が分からなかった)、大人になり、ありがたいことにYouTubeなどで知識が増え、片付けが楽しくなり。
今ではそんなに多くのものは持たなくなり(もちろん趣味は大事にしているし、ふと気付けば増えて、キャパオーバーすることもしばしば)、なんて楽ちんなのだろうと身の丈にあった生活をすることの心地よさを改めて実感しました。
それは諦めということではなく、今後の人生をどうしていきたいか、大層な夢などではなく、ぼちぼちやっていくための荷下ろし作業だったかもしれません。
今日も増え過ぎた趣味のバッグをお気に入りだけ残し、明日から身軽に歩いてゆけるようにしました。
バッグ、ついつい好きで買ってしまうのですよね。
ブランド物が好きなのではなく、百均のポーチから、しまむらから、古着屋まで……とにかく「入れ物」に異様に惹かれてしまう。あれはなぜ?
しかし、ありすぎても体が何人分あっても足らないし(笑)。
楽しかったはずの買い物もいつしか完璧を心のどこかで求めてしまって、つい(もうちょっと改善できるかも……!)と。
ここらでそんなものはないと、戒めたいと思います。
バッグでも、コスメでも、100%完璧な物なんてなくて、ちょっと物足りないくらいが良いですね。
その方が愛着もわいて、なんだか扱いにくいところが自分みたいだし(笑)
これは100点!なんてものに出会えたことのある人は羨ましいなあ。
でも物も、永遠ではないし。
それはお風呂に入っているとつくづく感じるのです。
日々、食べて動いて汗をかき、それを洗い流す。
そしてまた翌る日、繰り返す。どうせ洗うのにメイクをしてやっぱり洗い流す。
お皿を使って洗う。また食べる。
トイレに入って出す。トイレを洗う。
プールで泳ぐ。泳いだあとはお風呂に浸かる。
人が生まれて死んで生まれて死んでゆくことと同じだ。
物もいつかは古び、だからこそ今を大事に生きなくては。
そしてそんなに重たく考え過ぎないようにもしなければ。
--例えばレザーが好きで、つい手に取ってしまうのですが、レザーって長く使えるという良い面があるけど逆に長く使わないといけない、になってしまっては、しんどいから。
なんてことをつらつら考えていました。
そして片付いた部屋を見て思うのは、単に何かを減らすことが大事なのではなく、“引き”で見て、風通し良く、生活するためにはどんな動線が良いか、それが大事なんだなあと思いました。
残った物たちはなんだかカラフルな物が多くて、怖くて眠れなかった夜もちょっと元気が出る。
絵なんて飾ってみちゃおうかなあ。
玄関には大好きな海外ドラマの切り抜きを集めたボードを飾っていて、見るたび気分が上がります。
そうかあ、人生自分で何事も決めていいのかあ。
絵一つのことから、そんなふうに感じて。
逆に決めなくてはいけないしんどさもあれど、でも今日何色を着ようか、深呼吸しようか、夜更かししようか、決めても良いのだと。
そのぶん、活動することも大事で。
そうだ、活動すること、動くこと。
というほうが自分には合う。
「頑張る」「努力」「踏ん張る」「気合い」
これら全部苦手な言葉(笑)
動いてゆけばそれで良いじゃないか。
意外と楽に肩の力抜いてやった方が、あれ、上手くいったなあという経験、少なくなかった。
ではおやすみなさい。