yuriのblog

日々のあれこれや、小説・海外ドラマ・ゲームなど、好きなことについてたくさん書いていきます。

ヘルマン・ヘッセ「デミアン」再読

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章をうつしていきます。

 

 

改めて「デミアン」。

2020.01.19

 

 

わたしは一度目は岩波文庫で「デミアン」を読んだのだった。その際はもちろん流し読みしていたわけではなかったが今日ほどには、あまり心に入ってこない感じがあった(翻訳の問題でなく)。
読み直したのは改めて「車輪の下」から始まって作品を読んでいったからだった。読んでいたら「デミアン」を何も読めていなかったことが分かった。もちろん「読めた」なんてことは無いとしてもそれでも。その時は違っていたのだなというのが分かった。
だから再読した「デミアン」はまったく違う物語だった。幼いシンクレールが自らを欺いて罪の意識に苛まれるところも、安穏だった世界への脅威もフランツ・クローマーとの会話も何よりもデミアンが現れたところも。それらは、紙の上の印刷物ではなくなっていた。今読めて良かったものになっていた。かじりつくように読んだ。それでも一度目よりは心に入ってきたというだけで何も読めていない感じがした。また読まなければいけないと思った。なぜならシンクレールの見た世界もシンクレールだけの世界だったから。

 

読んだというよりは見た体験。でも、まだ何も分かっちゃいない。これから考えていきたい。考えていく中で「デミアン」を読めたことはこれからも読んでいけることは大きな「何か」だった。そしてまた「何か」はこれからの自分にしかないのも知った。