気付くと考え事が始まってしまう性格だから、お風呂に浸かるとリラックスできて、すごく助けられています。
ドラッグストアで買った入浴剤を入れて、しばらく目を瞑るだけなのですが、ふわーっと気持ちが軽くなるというか、もちろんお湯に使って“あったかい”のもそうなのだけど、それ以外にも“なにもしない”状態が自分にとっては大切だと気付きました。
もちろん常になにもしないのではなく、すぐ影響を受けやすい性格だからこそ、一ミリもインプットしない時間を作るというか。
こうして文章にするとなんだか小難しいことになるんだけど、でもいざそのときはそんなあれこれを抜いた「無」が心地良く、その無は完全なる無ではないけれど、日々のあれこれは浮かんだりするけれど「ああこれが、よく聞く“瞑想”状態とやらに近いんだなあ」と思ったのでした。
↓お風呂で無の図。
そういえばこの間、久しぶりに夜ウォーキングをしたときも同じように感じて。
スマホも持たず、家の周りを歩いただけなのですが、ああ自由だなあと、なんの根拠もなく思ったんですよね。その自由っていうのは置かれている環境とかそういうのではなく、今この瞬間だけは、身軽だ、何者にも縛られていない、という意味での自由。
数年ぶりにスーパー銭湯へ行った際、他人からすれば大袈裟なくらい気持ち良くて泣きそうになるほど感動したときも似た感覚だったかもしれません。
スーパー銭湯って当たり前だけど体を洗ってただお風呂に浸かっている時間で、強制的に“なにもしない”でいられるから……最近は行くことができていないけど、あのみんながリラックスしている感じも好きなのだよなあ。
瞑想っていう言葉だけを聞くと、なんだか難しそうと思っていたけれど、そういうことってほかにもたくさんある気がする。体験してみて「なるほどこれか……!」と思うような、それって言葉が悪いんじゃなく捉え方であり、健康や楽しみのためにできそうなことがあれば無理のない範囲でまずはやってみるものだなあと思ったのでした。
では、また書きます。