yuriのblog

日々のあれこれや、小説・海外ドラマ・ゲームなど、好きなことについてたくさん書いていきます。

「女の日時計」田辺聖子

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章をうつしていきます。

 

「決断をして、続きを生きていく」

2019.04.04

 

二百年続いている酒屋に嫁いだ沙美子。
広い家に、やさしい夫にそれから二人のために建ててもらった離れまであって、何不自由ない生活をおくっていた。

「幸福な主婦には私の辛さなんて分からない」なあんて言うのは独身の友人。けれども、もちろん沙美子にだって少なくない気苦労はあるのであり、なにかにつけ呼び出す姑、嫌味ばかりいう義妹、それから、やさしい夫も肝心なときほど心配りが欠けているように思うのだった。

あらわれた青年は、夫とはまた違うタイプの男だった。率直で、一緒にいると安心する。素が出せているような気がする。

押しが強く、後先なんて見ていない彼。義妹の縁談相手ということもあり、沙美子はいけないと気持ちを押し殺すのだったが……。

あらすじだけを大まかに書いてみると、なんだかよくある話にも思える。私も、読んだのが昔であれば、今の半分も良さに気付けなかったのではないか。不倫の、とか、表面にばかり気を取られてしまって。

……とんでもない、味わいは、たくさんたくさん詰まっている。

まず、なんといってもうつくしい描写。
忍んで出かけた町並み。とおくに見える山の線や、助手席からの眺め。忙しない台所の音。着物の鮮やかさ。横目で伺う夫の様子。読みながら、読者である自分は一歩も動いていないのに、その時々の瞬間が浮かび上がってくるようで。

それから、どの登場人物にも光が当たっている。
姑も、義妹もはじめは嫌なところばかり目に付くのだが、ちょっとした仕草や言動が愛らしかったりして、私が見ているのは、読んでいるのはあくまでも沙美子から見た景色なのだなあ、という当然といえば当然のことに気付かされるのである。

読み終えてみると「女の日時計」というタイトルがじんわり染みる。

すべてをリセットして、総入れ替えしてしまう掴み方もあれば、終わりの知れない砂時計のように、積み上げていく居場所もある。どちらが正解というのでもなく、決断をして、した後は続きを生きていくんだという、生命力に満ちた、なんとも心強い一冊であった。