yuriのblog

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「いちばん長い夜に」乃南アサ

 

*以下の文章は、以前読書サイトにて投稿していたものになります。そのサイトが閉鎖される為、こちらに文章をうつしていきます。

 

悪とは何か、生きるとは何か。

芭子・綾香シリーズ最終章

2017.05.19

 

 

 

早く最終シリーズが読みたいと、ウズウズしながら休日を待ちわびていたが、先日ようやっと「いちばん長い夜に」を読み終えた。

主人公は前科持ち、つまり言えない過去を抱えている。語り手の芭子はお金をだまし取った詐欺罪、親友の綾香は最愛であるはずの夫を殺めるという殺人罪だ。それぞれ確定した刑期を終えいざふつうの生活を送ろうとするものの、もしもバレてしまったらどうしよう……などと周囲の視線に怯えてしまい、消えない過去の重さを改めて実感する日々だった。

もしも過去を知られたら、もうこの町にいられなくなってしまう。過剰に神経質になる芭子とは対照的に、パン職人になる夢に向かってまっしぐらの綾香はいつもあっけらかんとしていて、会話中に過去の思い出話を持ち出しては芭子に叱責されているのだった。

「いつか陽のあたる場所で」や「すれ違う背中を」では、時に辛い災難にあいながらも懸命に前を向こうとするふたりの日常が書かれていた。法を犯すことはもちろんいけないことかもしれない、けれどそんなふたりにも朝はやってきて、支えあいながら生きる姿には勇気をもらった。

さて、最終シリーズである。ふたりの過去とは裏腹に、なにげない日常に特化したこれまでのシリーズは、どちらかというとほのぼのした雰囲気だった。だからこそ最終シリーズも同じ空気感で描かれると思っていたわたしは、読み始めてすぐ少し驚くことになる。3月11日、仙台に訪れる芭子……そう、本作の大きなテーマは震災なのだ。

立っていられないほどの揺れ、鳴りやまない地震速報、動かない電車。これまでの平凡な日常が嘘のように、芭子は突然、この世のものとは思えない出来事に遭遇する。今まで平静を装っていた綾香にも大きな動揺がおとずれ、夫の暴力に命の危機を感じたとはいえ自分の犯してしまった「命を奪う」行為とは何だったのか、真正面から向き合わざる負えなくなる。

多くの人々が一瞬にして命を失った日。悪とは何なのか、生きるとは何なのか。たった一日をきっかけに、物語は大きく歯車を動かしていく。それぞれが、それぞれの震災を心にもっているーーそのことを改めて思った。

あれから六年、ふたりはどうしているだろうか。もちろん生きている限りどうしようもなく辛い日はある、いや、むしろたびたびおとずれる。けれどそれでも……どうかどうかふたりが笑っていますように。続きはないと知りながらも、そう願わずにはいられなかった。

(あとがきを読んだところ、本作で書かれている震災の体験は、ほとんどが事実なのだそうだ。なんでも、設定が仙台出身の綾香について取材しようとしたところ、あの忘れられない出来事が起こったのだそうだ。「書かなくては」という気持ちが伝わってきてずしんときた)