久しぶりに疲れるまで本を読んでしまいました。
“しまいました”というのはしばらく本から離れていたからです。
というのも読書にハマったわたしは一時期その名の通り貪り読んで、読んで読んで生活のすべてが本でした。言葉でした。
でも極端過ぎて体調を壊し……。
こうして書いてみるとばかだなあと思うのですが、そのときは必死だった。
自分とはなにか。世界とはなにか。生きるとはなにか。そんな問いで頭の中はいっぱいで、ページをめくる手がとまらなかった。
ではいまそれらの問いに答えは出たかというと--。まったく出ていない。むしろ、よりいっそう、分からなくなったかも。
でも、なんとかそのわからない日々を、わからないなりに生きることができています。
前置きが長くなりましたが、そんなふうだからわたしにとって読書とは、ただ楽しむだけのものでは最早なくなっていた。
人生の光だけでなく、影をも綺麗事なくきちんと見せてくれるものだった。
だから体調の悪いときは読めなかった。
いや、むしろ貪り読んだからこそ休む必要があった。なぜなら、そこから自分の人生を、生きる必要があったから。
なんだか大層になりましたが、そんなわけで休んでいた読書。
この本を買ったのは数ヶ月前。
素直に表紙に惹かれたんです。
すてきだなあって。そしてトマス・H・クックの作品がとても面白かったのも覚えていた。
この「面白さ」というのはさっきの話とかぶりますが、楽しい!嬉しい!ハッピー!という面白さとは違う。丁寧に丁寧に、言葉を紡ぐ芸術、それに対する面白さ。
ゆっくりゆっくり読んでいたのですが、今日はなぜかとちゅうからノンストップで読んでしまいました。なんだかその感覚が懐かしかった。
そしてやっぱり、トマス・H・クックの作品はすてきだなあ。
文章が、芸術だ。繰り返しになるけれど。
どの行にも無駄がなくって、糸を紡ぐみたいに、ラストまで。
感情をすぐ爆破させてしまう自分の文章とは真逆だ(笑)
だから、言い換えれば早く結末が知りたいとか、まどろっこしいのは苦手とか、劇的な事件、トリックが見たい人には、逆につまらないと感じるかも?
わたしは小説には小説しか出せないものを感じたい派なのでこの芸術を味わった時間はたまらなく贅沢でした。
そう思ったら、やっぱりドラマも好きなので、ドラマにはドラマの良さがあって、言葉には言葉の、ですね。
というわけで面白かった。
まだ読んでいない作品も読もう。時間がかかっても。ゆっくり。むしろそんなふうに味わうのが良いと思うから。
この本に出てくる青春の残酷さ、優しさ、憧れ、すべてに見覚えがあったなあ。
人間とは……。
ああ、いい本を読みました。