こんにちは。
先日夫と話していてどうしても思い出せなかったことがありました。
数年前に行った場所でおじさんがギターを演奏しながら歌っていたのですが、それがとても印象的だったのです。
しばらくはその歌が頭から離れないくらいだったのに、あれ、喉元まで出かかっているのにどうしても出てこない……。
気持ち良い天気の中、歩いていたのに、わたしの頭の中は一気に“あの日のおじさん”でいっぱいになってしまいました。
かたや夫はもうどうだって良さそうに歩いていて切り替えの早さと寝る早さはギネス級なのですが、執着の強いわたしはいつまでも……。
「もう忘れよう」と言われ「うん、分かった」とは言うものの、そしてほかのことに一生懸命目を向けようとするもののそれができなくてめちゃくちゃ辛い。その頃にはおじさんを恨む始末……。
でもよく見る光景でもありますね。例えばむかしのCMソングが思い出せないとか。でもそれだったらなんとかネットで調べられそうだけど、おじさんが気持ちよさそうに飲み屋街でギターを手に揺られている光景しか浮かばない。
その日は夜までそのことを考えていて(しつこい)。もういい加減やーめたっ、と開き直ってお風呂で頭を洗っていたらスポーンと空から落ちてきたみたいに思い出したんですよね。どんなに頑張って記憶の引き出しを開けようとも出てこなかったのに、前触れもなくその歌が舞い降りてきた瞬間、思い出せなかった気持ち悪さから解放されると共に題のとおりいったいぜんたい、記憶の引き出しとはどうなっているのかと次はそっちの疑問が止まらなかったのでした。
だって完全に消去されず“どこか”には在ったのだ。ふだんは開かれることのない引き出し。おじさんの歌以外にもとつぜん幼少期の記憶が匂いと共に蘇ることってあるけれど、そういうことなのかな。ということは完全に消えた記憶とそうでない記憶を自分自身で知ることはできないのだなあ。自分の脳なのに、不思議が止まらない。
そんな記憶のあれこれを語ってしまったけれど、その後、おじさんが歌っていたワンフレーズからネットで検索するとその歌はとあるロックバンドの実在する歌だと分かったのでした。いやー、こんな数年後におじさんに再会するとは思ってなかったし、おじさん自身も気持ちよく歌ってただけなのにそれが時を超えて思い出せない……からの思い出した!この歌ほんとうにあったのか!なんて小さな事件が起こったとは思わないだろうなあ。
では、また書きます。